この作業について

地平線をたどり、線を縫い合わせます。「地平線」という言葉を聞くと、手の届かない海の向こうの遠くの土地を想像することがよくあります。それでも、私は子供の頃の家から見た地平線の果てがどこにあるのか本当にわかりませんでした。
若い頃から眺めていましたが、いつも遠く感じていました。
見たことも、知らなかったこともあります。ある時点で、おそらく地平線はそれほど遠くないと感じ始めました。私はそれに向かって歩き、途中で何が現れるかを見てみることにしました。
計算によると、その地平線を形成している山々は、西に約15.8キロメートル、東京の八王子とあきる野の間にあります。この既に見た限界を目的地に設定し、徒歩で到達する過程を記録し始めました。
そうすることで、地平線自体が物理的な線ではなく、空と山、空と建物などの2つの要素の間の知覚的なギャップであることに気づきました。
この観点から、私はこれらの境界を、あるものが別のものと出会うところに現れる空間を、まるで世界から切り取っているかのように集め始めました。
このプロセスを通して、私は物理的な動きと視覚的な結合を通して地平線の概念を解体し、再構築しようとしています。

私が集めたこれらの「中間」空間の無数の断片は、パッチワークのようにつながっています。そして、一緒になると、それらは間違いなく単一の地平線に向かう道を形成します。結局のところ、かつて遠くに感じられた地平線は、私が本当に知っている場所になりました。


地平線と聞けば、遥か向こうの海外などを想起させる。しかし、実家から見える地平線ですらその見えている果てがどこかを知らない。
幼少期からずっと見てきたはずなのに、ただ見えるだけというだけでどこか遠くに感じる。
地平線は、まだその先を知らないだけで案外近くにあるのかもしれないと感じた時、実際に見えていた地平線まで歩いて、その道のりの中で何が見えてくるのか確かめてみたくなった。

計算上、実家から見える山々(旧地平線)は西へ約 15.8km、八王子とあきる野の間付近に位置すると分かった。この既視の限界線を目的地に定め、実際に歩いて辿り着くまでのプロセスを記録することにした。
その際、地平線そのものが、物理的な線を指すものではなく、空と山、空と建物などといった2つのものの「隔たり」を、線として認識した概念にすぎないと考えた。
そこで、物質と物質が隣り合うことで生まれる境界、その隔たりを切り取るように収集していくことで「地平線」という概念を身体的な移動と視覚的な採集によって解体・再構築することを試みた。

私によって切り取られた無数の「間(あわい)」の断片は、ツギハギのように繋げた時、確かに一つの地平線への道のりを立ち上がらせた。
それと同時に、遥か遠くのように感じていた地平線は、見知った土地へと変わっていた。
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